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想いをあつめて、笑顔をあつめて ~2012・9・23 走れる事に感謝する日 第1回PARACUP SENDAI in SENDAI AIRPORT~ 

※いつも当ブログをご覧いただいてありがとうございます。
今回の記事には、東日本大震災によって被災された土地や建物の写真が
掲載されております。

もしその土地に住まれていた方や愛着のある方が意図せずにその写真を見てしまい
ご気分を害されるのを考慮して当ブログでは通常掲載いたしませんが、
あの日から1年半を過ぎ、
ランニングをされる皆様にも現在の状況を知っていただきたいと思い、掲載いたしました。

写真は現在の(2012・9・22)宮城県名取市閖上(ゆりあげ)付近のもので、
刺激的なものは無いと考えておりますが、(住宅地の跡や閖上中学校など。)
ご心配の方はこの記事を閉じていただくことをお勧めします。

今回の写真掲載の件に関しましては、「閖上の記憶」のスタッフの方々、
閖上の日和山近くでお話しさせていただいた現地の方々にご了解いただきました。

ありがとうございます。










2012_0923PARACUP仙台0076 
仙台空港近くの道で足を止め、空を見上げた。
額の汗をぬぐいながら、青空に吸い込まれていく飛行機を眺めていた。

空はとても広い。
近くで見るとあんなに大きかった飛行機が、空ではとってもちっぽけだ。

ここに来る前、閖上を走った。
こんな悲しい風景の中を走ることもあるんだな、と思った。

閖上の海からやってくる風が、まだ心の中に吹いている。


               *****   


9/23(日)宮城県名取市にある仙台空港の側、北釜地区で行われた 
『第1回PARACUP SENDAI in SENNDAI AIRPORT』
※文字の色が変わっているところをクリックすると、ホームページが開きます。
という大会に参加しました。

この大会はチャリティのランニングイベントで、収益の一部は東日本大震災で親を亡くした
名取市の子どもたちの奨学金(震災遺児孤児奨学金基金)として活用されるとの事。

この大会の意義というのは私が何かを語るより、8/16に送られてきたメールマガジンに
書かれたこのメッセージに 全てが表れていると思う。

※以下 8/16メールマガジンより転載

一般社団法人PARACUP代表の森村です。

既にご案内しておりますが、今年の9月23日にPARACUPが仙台で
リレーマラソン大会を開催いたします。
私たちが2005年から毎年春に世界の子どもたちをサポートするために
開催してきた大会。
今秋は東北の被災地をサポートのための大会も開催いたします。

PARACUP SENDAI in SENDAI AIRPORT
~走れることに感謝する日~ 
http://www.paracupsendai.info/

東北からの参加者数は少しずつ増えていますが、
東北以外の関東、その他域外からの参加者はまだまだ少ない状況です。
東北以外からも多くの方にご参加いただきたく、今回こうしてメールマガジンを
送らせていただいています。
皆様のお力を貸してください!

多摩川やお台場で大会を開催して集めたお金を、ただ東北に送るだけではなく、
現地で開催することには大きな意味があります。
そんな思いを綴らせていただきました。
少し長文になりますがお付き合いいただければうれしく思います。



1、 「走れることに感謝」するきっかけとして

2011年3月11日に起こった東日本大震災。
地震、津波によって、あたりまえだった日常が失われてしまいました。
自分のために走ること、友達と楽しく走ること。
PARACUP仙台事務局メンバーたちは、震災以降「走ることは不謹慎なこと」
と思っていたそうです。

「走ることは、あたりまえのことなんかではない。」
不謹慎かな、と思いながら走り始めると、「走る」という簡単な行為に
自然と感謝の気持ちがわいてきたそうです。
震災後、今まで挨拶もしたこともなかった人が、ランニングですれ違うときに
自然と挨拶を交わすようになったそうです。

仙台のランナーだからこそ伝えられる走ることへの思いが
この大会には込められています。



2、復興への一歩、元気と勇気を生み出す大会として

この大会は仙台のランナーたちが全てボランティアで作っています。
震災以降、何かしたいけれどどうしていいかわからない。
そんなメンバーたちが、自分たちの手で、東北の復興に寄与したい、
地域のためにできることをやりたい。と大会作りを始めました。

復興への一歩を踏み出す、元気や勇気を生み出す大会にしたい。
大会会場のある地域は復興にはまだまだ程遠い状況です。
PARACUPを通じて、被災地に住む自分たちでチャリティーや
参加者の温かい気持ちを集めて復興への力にしていくこと。
沢山の人を迎え入れ、交流することによって元気や勇気をもらうこと。

それは現地開催でしかできないことです。



3、被災地に足を運ぶきっかけとして

今回の大会会場に元々住んでいた住民の方々へご挨拶に伺ったときに
地元の人たちは口をそろえて言いました。「震災のことを忘れないでほしい。」と。

この大会をきっかけに、多くの人にこの場所を訪れてもらい、
見て感じてもらうことがこの地で開催する大きな意味です。
PARACUPがなかったら、仙台空港周辺を訪れることがない方が大半だと思います。

震災のときに実際あったこと、今感じていることを、ぜひ地元の方々と
交流しながら聞くことも大きな力になります。

PARACUPが「復興への記念碑的な大会」として継続することを目的としています。
一回限りでのお祭りではなく、この先も継続的に東北をサポートしていく大会に
していきます。

今回は第一回目。PARACUPの主旨にご賛同いただいて、これまで
支えてきてくださった皆様に復興への第一歩、
PARACUP仙台を一緒に作ってもらえたら、大変うれしいです。 

<中略>

今、第1回目大会開催に向けて、仙台のランナーたちが集まった
完全ボランティアのPARACUP仙台チームは日々奮闘しています。
東北からの参加者数は少しずつ増えていますが、
東北以外の関東、その他域外からの参加者はまだまだ少ない状況です。

仙台へ行くには時間もお金もかかります。
気軽に参加してください!とはなかなか言いにくいです。
それでも、私たちはなんとか、仙台に沢山のランナーに来てもらいたい!
と思っています。

仙台にぜひ友人、ご家族、職場の仲間と旅行気分でお越しいただければ
と思っています。


近年、ランニング人口は爆発的に増え、人気大会はエントリーが数時間で
終わってしまうという状況だ。
2007年から開催された東京マラソン以降、社会的にも「ランニング」というスポーツが
認知されつつあると思う。

私は東京マラソンの給水ボランティアを2回ほどやったけど、3万人がフルマラソンを
走りきろうとするパワーはすさまじい。
速い人も遅い人もそれぞれのゴールをめざし、その時持っている全てのものを費やす。

ランナーが生み出す、力。

ランニングは人生に潤いをもたらし、活力を生み、喜びを与えてくれた。
でも、まだ他の可能性があると信じている。

ランニングは、もっと違った何かを生み出せると。

9/22(土)今回のゆかいな仲間たちは男3人、9時過ぎに仙台駅に到着。
大宮からは新幹線で約2時間でした。後の女性陣7名は夕方合流予定。

なぜこんなに早く着いたかと言うと、せっかく行くのだから仙台周辺を走りたい。
5月の仙台国際の時も考えたけど、大会受付する為に断念したし。

ホテルで着替えて荷物を預け、走り出した。
快晴で日差しも強かったけど、東京と違いねっとりとした暑さは無い。
1週間前、駅伝で福島を走った時よりはとても快適だ。

私が考えたコースは、閖上大橋を渡り仙台空港まで行き、
最後は閖上さいかい市場でビールを飲んで、そこから電車で帰ってくるという約25キロ。

津波の被害がひどかった、閖上の今を知りたかった。
2012_0923PARACUP仙台0003 2012_0923PARACUP仙台0004
仙台市街は歩道が広くて走りやすい。 仙台国際ハーフのコースを渡って南下。

バスだって伊達正宗。なんかおしゃれだ。
2012_0923PARACUP仙台0005 2012_0923PARACUP仙台0006

広瀬川にぶつかると、そのまま河川敷を走る。
そこは、とても気持ちの良い空間だった。
2012_0923PARACUP仙台0008 
街中ではランナーは見かけなかったけど、河川敷では結構すれ違ったな。
2012_0923PARACUP仙台0009 2012_0923PARACUP仙台0010
コスモスが秋を感じさせる。

そして54号線を海に向かって走った。
あたり一面に金色に輝いた稲穂。実りの秋の風景。
2012_0923PARACUP仙台0012 
そして仙台東部有料道路の下をくぐった。
2012_0923PARACUP仙台0016 2012_0923PARACUP仙台0015
すると、驚くほど景色が一変する。

ここも田園だったのだろうが、見えるのは土だけだ。
看板には、除塩作業中と書かれてる。

そこで、思い出した。
押し寄せる津波は東部有料道路が堰となった事。
それで有料道路の向こう側は幸いにも塩害から逃れたと。
2012_0923PARACUP仙台0018 
だから有料道路の向こう側は普通に稲作が出来るのに、こちら側は今でも
除塩作業中らしい。
この対照的な景色。ここは仙台市若林区。

海ははるか向こうなのに。
遠くにとぎれとぎれの防砂林が見える。
2012_0923PARACUP仙台0021 
海に近づくにつれ、おそらく住宅があったであろう土地に入っていく。
2012_0923PARACUP仙台0023 2012_0923PARACUP仙台0024
まだ新しい家がポツンと残っているが、それでも1階部分はかなりの損傷だった。

他の家には住人が外で作業をしていて、不思議そうにこっちを見ていた。
このあたりを走る人なんていないだろうし。果たしていいのだろうか?

あるところでは、家の跡地にビニールハウスを作って老夫婦が作業をしている。
2012_0923PARACUP仙台0027
私は震災以前にこの地に来たことが無いので、全く想像が出来ない。
おそらく田園風景が広がっていて、農家の住宅が並んでいたのだろう。

10号線にぶつかり、閖上大橋方面に南下する。
比較的交通量の多い道路だ。左に防砂林、その向こうは海。
2012_0923PARACUP仙台0029 
もちろん人とはすれ違わない。時々ロードレーサーで走ってる人はいたが。
2012_0923PARACUP仙台0034 2012_0923PARACUP仙台0040
閖上大橋からは遠くに海が見えた。とても綺麗な海。

橋を渡りきったところから、名取市に入る。
2012_0923PARACUP仙台0041 2012_0923PARACUP仙台0042
先の歩道橋のある交差点、久々にコンビニがあったのでコーラ休憩した。
コンビニに入るといつもの見慣れた日常があって、ホッとしてることに気付く。

そして交差点を左折、すると学校が近づいてきた。
「閖上中学校」
2012_0923PARACUP仙台0048 
事前に調べたわけでもなく、知識もなく、ここを訪れたのは偶然だ。
なぜなら走っていた通りから、遠目にこの時計が見えたから。
指している時刻にハッとする。
2012_0923PARACUP仙台0047 
中に入ると、献花台が目に入った。
建物の1階部分はあちこち壊れている。
2012_0923PARACUP仙台0046 
この中学校の生徒、14名が亡くなったらしい。
2012_0923PARACUP仙台0045  
この碑の隣には、教室に置いてあったであろう机にメッセージが書いてあった。 
2012_0923PARACUP仙台0044 2012_0923PARACUP仙台0043
大勢の人が中学校に逃げてきたが、途中で津波に飲み込まれる人も多かったらしい。

後日調べたら、中学校の屋上から撮った映像があった
http://www.youtube.com/watch?v=qxJ5BKqbJdg
屋上には100人くらい避難して取り残されていたようだ。
その他、中学校名で検索すると様々な写真がアップされている。

学校の前にはプレハブ小屋があって、大勢の人がいた。
防災士と書かれた上着を着ている。どこからか視察に訪れたようだ。
その方々が帰った後、中を見せてもらった。

「閖上の記憶」
http://flat.kahoku.co.jp/u/volunteer16/2VzYUL7g0EexKv1f93Gs/
ランニング姿の我々に驚きもせず、快く迎えてくれ、冷たい麦茶までごちそうになった。
2012_0923PARACUP仙台0050 
この建物の中には、津波の被害の状況を示す資料や
閖上小学校の子供たちが作ったジオラマ、震災前の航空写真などがある。
そしてスタッフのお二人が、当時の事を教えてくれた。

その時の事。
私がここで語っても全く伝わらないだろう。

でも彼女たちの話し方は世間話の延長のように淡々としていて、
それでいて鳥肌が立つようなものだった。

その後の生活。
電気が来た時が一番ほっとした、と言うと、もう一人の方が、私は水だったなと言う。
これで何の心配もせず洗濯が出来る、と。

近くの大型ショッピングセンターでの買い物の話。
品物が少なくそれでいて訪れる人は多いので、混乱を避けるために品物を横に並べて
人がベルトコンベアー式に動いて買った事。

ガソリンが無くスタンドに行くと整理券が配られ、
店員はスタンドのタンクくみ上げる電力がないから手動で携行缶にくみ上げ、
止まって待ってる車を回って一定量を給油していた事。

あるスーパーでは電気が復旧していない中でも商品を売っていたが、
当然レジは手計算で長い列を作った。
余りにも時間がかかっていて家にいる家族が心配で、商品を戻して
家に戻ってきた人が多かったこと。
ここ数日分の数少ない貴重な食料なんだから、とりあえず品物をもらって
後でお金を払えばいいのにねぇ、と。

高台の東部有料道路へ津波から逃げる車で渋滞していて、まったく動かない。
ある人はその横をすり抜け先に行ってみると、
地震によって閉められたゲートの前で 皆おとなしく待っていたこと。
その後ろを行儀よく列を作って待っていたらしい。
すり抜けた車の人はゲートを破って逃げて難を逃れ、あとから続々続いたこと。

名取の人は真面目な人が多いんだ、昔からそういう土地柄、といって笑っていた。

置いてあった大きなパネルの航空写真が印象的だった。
震災前の閖上を写した写真。
そこには付箋があちこちにつけられていて、色々な言葉が書いてあった。

「僕んち」 「おじいちゃんち」 「魚釣り」 「日和山」 「○○商店」

訪れた住人の方々や子供達が、写っている場所を探して貼っていったらしい。
とても楽しそうだったという。

記帳して礼を言い、その場を離れた。
そのプレハブだって、元々は幼稚園があったところだ。

黙々と、何もない道を走った。側には朽ちた消防車が佇んでいた。

閖上の日和山に向かっていると、こちらを見て手を振っている人たちがいる。
近づくとこう言われた。
「どっから来たの?今ね、芋煮作ったのよ。いっぱいあるから食べてって。」
テントを張って、まるで野原でBBQを楽しんでいるかのような感じだ。

遠慮せず、その輪の中に加わらせてもらった。
道路の側には綺麗な花が植えられている。とても手入れが行き届いていた。
そしてちょっと奥にはお供えされている花束が二つ、芋煮も二つ。
2012_0923PARACUP仙台0051 2012_0923PARACUP仙台0054 
ここはお亡くなりになったご親戚の自宅があったらしい。
秋のお彼岸だし、誰もいないとご先祖様やお亡くなりになった方が寂しいと思い、
にぎやかにやりたいからと言っていた。

この日の事は、このブログに書かれている。
「Tapestory あの日の事」~芋煮会~
http://blog.goo.ne.jp/pet-sounds94/e/b310a1de176f3bb557c9f35e347a84ee
閖上以外の人って、俺たちの事。
この方々の自治体でFacebookもやっていて、情報も発信している。

芋煮をいただいた。とても心にしみる味だった。

近くに見える6mの日和山を越えて津波がやってきた。
ここは住宅街で、あそこが商店街だった。
今は遠くの仮設に入ってるけど、時間があればここに居る。
戻ってきたいけど、あの堀からこっちは今は住んではいけないと決められている。

そんな話を聞きながら、笑顔でサンマも勧められた。
炭火で焼いたらしく、香ばしくてうまかった。
2012_0923PARACUP仙台0052
海が近いせいか、吹く風がとても気持ちいい。
そんなことを言うと、ここの風は特別なんだよ、と教えてくれた。

閖上の風が恋しいんだ。
仮設にいたって、閖上の風を思い出すんだ。

そんな事を静かに言う。

そういえばここに来るきっかけを作ったブログ
「名取市閖上復興支援ブログ」
http://blog.livedoor.jp/coolsportsphoto/archives/51842069.html
の記事でも書いてあったことを思い出した。

「強引に引き留めてごめんね~。」
「いや、芋煮おいしかったです。こちらこそありがとうございました。」
「この辺の人たちは、こんな感じなのよ、皆。人懐こくって、世話好きなんだぁ。」
「ありがとう。」
2012_0923PARACUP仙台0053 
笑顔で手を振ってくれた。

8000人近くの住民のうち、約1000人がお亡くなりになった街。
建築物の90%以上がが流された街。

大切な家族を失った人々。助けられなくって悔しいと嘆く人々。
閖上の風は、今はこんなにも悲しい。

名取市HP 津波の被害状況
http://www.city.natori.miyagi.jp/soshiki/soumu/311kiroku/index/gazou/tsunami

私たちがここへ来る前、「閖上の記憶」で以前の街の航空写真を見ていなかったら、
この風景の異常さを感じることは出来なかったのかもしれない。

閖上の震災津波前と後の写真
http://bea2003.iza.ne.jp/blog/entry/2194714/
2012_0923PARACUP仙台0057 
この何もない道を南へ走った。

「今はがれきが無いから、悲惨さはあまり感じられないだろうけどさ」 と、
あのおじいちゃんは言った。

「辛いけど、笑顔でいなきゃね」 と、あのおばさんは言った。

いつも思う。
本当に大切な人を失ったって、深い悲しみが身を切り裂いたって、
何事もなかったように空は青いし、花は綺麗に咲いている。
ただ人は、その空を見上げることしかできない。

無情にも、時間はゆっくりと過ぎていく。
2012_0923PARACUP仙台0056 
こんなことを書くと怒られるかもしれないけど、
この時、正直言って来なければ良かったと思っていた。

「被災地の状況を知るために」なんて、
のほほんと生きているオレが、軽々しく考えるべきじゃなかったんだ。
ちょっとボランティアでいわきに行っているからって、全てを知った気になっていた。

人々の圧倒的な悲しみの前に、この悲しい現実に、なすすべがない。
オレが知ったところで、何も出来ないのだ。 何も。
知らない事が幸せだってこともあるんじゃないか。
余りにも、心が痛い。 痛すぎる。

オレの趣味が歌だったら、美しいメロディで彼らを少しでも癒せたかもしれない。
オレが手品を出来たなら、ビックリさせてほんのひと時でも
嫌な事を忘れさせられたかもしれない。
オレがマッサージが得意だったら、こわばった身体をほぐせたかもしれない。
オレがお笑いだったら、腹の底から笑わせてあげれたかもしれない。

でもオレはただの鈍足ランナーだ。
こんな時、してあげれることなんて何も、ない。

なんだよ、ランニングって。
肝心な時、役に立たないじゃないか。
月に何百キロ走った、だって?
キロ何分で走れるって?
ウルトラ、走ったって?
PB更新したいんだって?

バッカじゃないの。

自分を恥じて、ランニングを恥じた。

道路の側では、大量の墓石が横たわっている。
それが無ければ、ここが霊園だったなんて知る由もない。
しばらく走っていると、途中で道を間違えていたことに気づく。
だって目印も何もないから。

遠くにがれきの集積所がはっきりと見えた。
風景を遮るものなんて、何もない。
黙々と走った。

そしてやっと仙台空港が見えてくる。
あの日、仙台空港内から撮影された映像が衝撃的だったので覚えている。
http://www.youtube.com/watch?v=BeRPU3K8auc&NR=1&feature=fvwp
http://www.youtube.com/watch?v=p_6iDBoOvb0

明日開催されるPARACUP仙台の会場では、着々と準備が進んでいた。
正直、明日楽しむ気になれるのかな、と思った。
スタッフは忙しそうだ。なにも手伝えなくってゴメン。
2012_0923PARACUP仙台0061 2012_0923PARACUP仙台0066 
今日と打って変わって、明日は雨の予報だ。

仙台空港の中に入ってみた。
2012_0923PARACUP仙台0068 2012_0923PARACUP仙台0070  
もちろん震災の面影なんてない。
ただ壁にはその時の写真があった。1階部分は水没したらしい。
2012_0923PARACUP仙台0071 2012_0923PARACUP仙台0073
2012_0923PARACUP仙台0074 2012_0923PARACUP仙台0075
ずんだシェイクを飲んで、空港を後にする。

ここからは後3キロぐらいで今日のゴール。
2012_0923PARACUP仙台0079 
あちこち寄り道しすぎたせいか、日も傾いてきた。足も重い。
そして、目的地に到着。
2012_0923PARACUP仙台0082 2012_0923PARACUP仙台0084 

「閖上さいかい市場」
http://natori.in-shoko.com/saikai_ichiba/
2012_0923PARACUP仙台0085 
閖上のお店が、ここ美田園にて仮設店舗で営業を再開しているのだ。
入り口に入ると、材料を搬入しているおっちゃんが親しげに話しかけてくる。
「東京から来たの?わざわざありがとう。ゆっくりしてってね。」
2012_0923PARACUP仙台0086 2012_0923PARACUP仙台0087 
本当はここで「豊華」の水餃子を食いたかったんだけど、お店は今日と明日休みだった。
明日会場でお店出すって言ってたから、そのためなのかな。

お隣の「浜や」でとりあえずビール。いやぁ、うまい!
魚の揚げ物と刺身でビールが進む、進む。今晩も飲むのに。
2012_0923PARACUP仙台0090 2012_0923PARACUP仙台0093 
たっぷりビールを堪能した後、
電車の時間の関係で美田園駅まで1キロ弱を酔っぱらったまま走った。
これで今日は29キロ。
なんだか濃密な1日だったな。

夜は、女性チームと合流して前夜祭。
皆さん愉快な方々で、それは翌日はっきりすることになる。
いやぁ、楽しく飲めました。ありがとう。
2012_0923PARACUP仙台0094 2012_0923PARACUP仙台0102
その後男性陣は「壱弐参(ひふみ)横丁」へ。
まだ、飲むのね。

こうやって、仙台の夜は更けていったのでありました・・・。 2012_0923PARACUP仙台0103
これもまた楽し。

寝たのは12時過ぎだったけど、翌朝は結構早く目が覚めてしまった。
あんなに飲んだのに余り酔っぱらわなかったし。
身体は疲れているのに、まだ昨日の景色が頭に中に残っている。

9/23(日)PARACUP仙台当日。

朝からあいにくの曇り空だ。
仙台駅から空港アクセス線に乗って30分かからずに仙台空港に到着。
2012_0923PARACUP仙台0108 2012_0923PARACUP仙台0110
風船は、今日のPARACUPで何かに使うんだろうな。
じゃなかったら、空港から風船で飛び立とうと思っているか。

朝から疲れたぜ。空港線の列車はオレが運転してきたから。
2012_0923PARACUP仙台0113 
空港に到着すると、昨日と打って変わっての盛況ぶり。
大会の受付待ちらしい。
でも空港だから暑くはないし、雨に濡れないし、椅子はあるし、売店も広いトイレもある。
なんてったって綺麗だしね。快適なのだ。
2012_0923PARACUP仙台0114 2012_0923PARACUP仙台0115
スタッフも大忙し。
ただ東京のPARACUPでもそうだけど、笑顔が素敵だ。
アミノパウダー、お茶、空港で使えるクーポン券や、萩の月がもらえる券をもらった。
2012_0923PARACUP仙台0117 2012_0923PARACUP仙台0118
そして代表者が受付をしている間、仲間の女性の一人から耳打ちされた。
「周り見てもあまり仮装している人もいないし、皆恥ずかしいって言ってるの。」
そう、今回は男性3名女性7名の2チームで仮装して楽しもう!と、
前から打ち合わせしていた。

周りを見回すとやっぱり仮装している人はいない。
ただ着替え場所は奥の部屋だから、
(空港内の広い部屋でゆったりと着替えられるのです!これも快適!)
まだここでは居ないだけだろうけど。

気持ちは分かるね、仮装の先輩として。
ふっ・・・。
んじゃ、オレがまず先に一発かますか。

まだ受付に時間がかかるようなので、着替え部屋ではなく近くのトイレの
洗面台の前で着替えた。
皆、手を洗いながらジロジロ見ている。

オレはデカい鏡を見ながら鼻歌まじりに背中のジッパーを上げる。
小指を立てたまま。
♪ふふ~ん、ふ~ふ~ん♪

金髪、青のミニスカート、
そう!これが仙台国際ハーフで一部のマニアックな人々に人気だった?
チアガール“じみ子”なのさ。

慣れた手つきでルーズソックスを履き終わると、戦闘開始だ。
堂々と、かつ笑顔で、皆の場所に戻った。
2012_0923PARACUP仙台0120
どうだ!

周りの人がざわつく。遠目にこっちを見ている。
最初の反応はこんなものだ。そのうち慣れると話しかけてくる。

男性陣にもオレが買ってきた衣装を渡す。
シゲさんはノリノリでナース服、ショージさんはためらいつつセーラーに着替える。
これを見て女性陣も安心したらしい。
2012_0923PARACUP仙台0119 
皆かわいいじゃん!ただ謎の金ピカが1人。聞いても正体を明かしてくれない。
男性陣はこんな感じ。イカレたナースも、おさげ女子高生も似合ってるよ。

荷物を空港内に預け、外へ出た。会場は歩いて10分くらいのトコ。
2012_0923PARACUP仙台0130 
雨がポツポツ降っている。 
2012_0923PARACUP仙台0123 2012_0923PARACUP仙台0126
でもすでにテンションがあがっていて、なんだか楽しい。

このお堀の側を走ります。基本砂利道です。
2012_0923PARACUP仙台0127 
会場に到着。 私が15・16区参加した
「東京仙台間 おもい つなぐ駅伝 PARACUPの託すもう一つのタスキ」
で運ばれたタスキはすでに到着したらしい。
そのシーン、見たかったなぁ。
※最終日ゴールレポート
http://another-project.com/tokyo-sendai6.html

でも「もう一つのプロジェクト」代表の市川さんが居たのでジミ子のままご挨拶。
「あ~、噂には聞いてましたが・・・。」
仙台での仮装は凄いですよ、と話はしてたんだけどね。
想像以上だったらしい。

会場の辺りには、たくさんのブースが出ている。
活気があって、お祭りのようだ。
2012_0923PARACUP仙台0149 2012_0923PARACUP仙台0150
2012_0923PARACUP仙台0151 2012_0923PARACUP仙台0152
そして地元グルメも。
この大会はタスキをつなぐリレーマラソンなので、走っていない時間帯もある。
そんな時は、ここで旨いものが食えるわけだ。
2012_0923PARACUP仙台0154 
OH!GUTS!のカキ餃子がうまそう!ホタテフライも!

その奥は昨日走って行った「閖上さいかい市場」のブースで、
お目当ての「豊華」の水ぎょうざもあった。 食わねば!
2012_0923PARACUP仙台0155 
そして仙台国際の時も大人気だった、「むすび丸」くんも来ていた。
2012_0923PARACUP仙台0133 2012_0923PARACUP仙台0143
最近ゆるきゃらを見ると、これ着て走ったら楽しいだろうな、と思う自分がいる。

全員そろって記念撮影。まだ金ピカの正体は、誰にも分からない。
2012_0923PARACUP仙台0134 2012_0923PARACUP仙台0148
そうこうしてるうちに、キッズランが始まった。親たちの歓声が上がる!
子供は真剣なのだ。

そしてこっちの怪しい大人は仲間を見つけ、そ~っと紛れてみる。
2012_0923PARACUP仙台0136 2012_0923PARACUP仙台0138
ビックリして苦笑いの子どもたち。
どういう反応していいのかわからないらしい。
でもこの後で驚くべき奇跡のコラボが始まる事になるとは、まだオレさえも知らない。

こっちでは金ピカが宇宙人のように捕えられていた。 やっと正体が分かったよ。 
ツタンカーメン!
2012_0923PARACUP仙台0139 2012-09-23 10.56.47
このチームの中でオレが一番目立ってると思ってたけど、あっさり負けた・・・。
世の中、上には上がいるもんだ。

そしてステージ上では、「コモンビート」の応援団が立っていた。
ここにいるもの全員で、この地、名取にエールを送る為に。

辺りは今までのお祭りムードが一変、しんと静まり返る。
2012_0923PARACUP仙台0166 
そう、もちろんこのPARACUP仙台に集まったランナーはみな、
今日の大会の意味を知っているのだ。

一通り手振りを習った後、団長の渾身のエールが始まった。

「フレ~、フレ~、なぁ~ぉと~りぃ~っ!」

魂の声が心を締め付ける。
これを聞いた時、泣きそうになった。

そして続いて会場の大勢のエールがひとつになって、まるで涙のようにぐずついた
名取の空に響き渡る。

フレー・フレーは 「奮え、奮え」
これが起源だという説があるそうだ。

昨日会った、閖上の皆さんの顔が浮かんだ。
2012_0923PARACUP仙台0165 2012_0923PARACUP仙台0167
祈りに似たエールだった。

さぁ、3時間リレーマラソンが始まる。 約200チームの第一走者が集まっていた。
仮装はもちろん俺たちだけでなく、結構多かったよ。2012_0923PARACUP仙台0168 
スタートし、まず会場内のひまわり畑を回る。
残念ながらすでに枯れてしまったけど、「ひまわりプロジェクト」というプロジェクトが
何も無くなった空港周辺にひまわりを咲かせようと種を蒔いたそうだ。大会スタッフも。
もともと野球場などがあった公園だったらしい。
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そして会場を出て空港方面へ向かう。
決して走りやすい道路ではない。まだあちこちで修復工事が行われてるくらいだ。
でも、この道を走ることに意味がある。
2012_0923PARACUP仙台0187 
朝通ってきた運河沿いを進む。そして仮装ランナーに次々ご挨拶。
2012_0923PARACUP仙台0190 2012_0923PARACUP仙台0191
オレが言うのもなんだけど、気持ち悪い女装の二人のランデブー。

このカップルは本当に新婚さんらしい。
新婦さんに「結構走りにくいでしょう?」と聞いたら、
「そんなことないわよ!」とわざと激しく息を切らせながら言っていた。
笑いのツボを心得ていらっしゃる。
2012_0923PARACUP仙台0196 2012_0923PARACUP仙台0198
そして給水所だ。
緑のTシャツを来たスタッフが笑顔で声をかけ、ハイタッチで盛り上げるのだ。

俺たちはただ走って遊んでるだけだから良いけど、
本当にここのスタッフ、ボランティアの皆さんには頭が下がります。
第1回のこの大会を開催にこぎつけるまで、かなりの苦労があったに違いない。
2012_0923PARACUP仙台0199 2012_0923PARACUP仙台0200
なんせ個人が始めた、手作りの大会なのだ。
スタッフの皆さんだって、仕事や家庭があって、生活がある。
そんな忙しい中、時間をやりくりし大会への想いを紡いできた。

想い。

走ることへの想い。
なんとか元気になって欲しい、という想い。
何か少しでも力になれないか、という想い。
私たちはここを忘れない、という想い。
2012_0923PARACUP仙台0201 2012_0923PARACUP仙台0205 
スタッフの皆さんのそんな想いが、今日、素敵な形になった。

そんな事を考えているうちに、気付く。

昨日は閖上を走っていて、この痛みなんか知らなければ良かったと思っていた。
ランニングなんてただの自己満足だけで、それ以外何も役に立たないと思った。
自分には何にも出来ない。
無力感だけが残っていた。

もちろん、私一人では何にも出来ないだろう。

でも、仲間がいる。
私がこの大会に出よう!といって賛同してくれた仲間がいる。
わざわざ友人たちに声を掛けて、人数を集めてくれた仲間がいる 。
まだ数回しか会っていないのに、仙台に行くと旧知の仲のように親しくしてくれ
やっぱりこの大会でお会いできた素敵な仲間がいる。

それだけじゃない。

このPARACUP仙台に集まったランナーは、同じ想いを持った仲間だ。
そして“想い”で大会を作ってきた、スタッフ・ボランティアの方々。

お台場で東北に想いを馳せながら、駅伝を楽しんだランナー達。
このタスキだって、そのお台場から数々のランナーが350km走って運んできたんだ。

全員、仲間じゃないか。

大勢の仲間の力が集まって、この全て流された地を走る。2012_0923PARACUP仙台0206
そしてわいわいがやがや、楽しくやるんだ。
人々の笑顔が、またここに人を集める。

時には真剣に走り、時にはにぎやかに。

悲しみじゃなく、楽しさで人が集まり、
そこにまた笑顔が生まれ、それに惹きつけられまた多くの人が集まり、笑い声が飛び交う。

そしてこの地にその笑顔の輪が広がっていくのだ。
願わくば、閖上の方々にも。 
2012_0923PARACUP仙台0214 
ランニングは仲間を集め、笑顔を生み出し、それを見てまた笑顔になれる。
それを今日、PARACUP仙台に教わったんだ。
決して、ランニングは無力じゃない。
2012_0923PARACUP仙台0213 
ならば、私たちは思いっきり楽しまなければならない。休んではいられない。
そして、笑顔を生み出す義務があるのだ。

その義務を忠実に遂行する、チームじみ子のお二人。
なんてカッコイイ男達なのだろう!
2012_0923PARACUP仙台0210  2012_0923PARACUP仙台0212 
しかもナースの胸のパットが雨で透けていて、しかも下にずれて垂れてきて、
とてもセクシーだった。

そんな二人が走っている間は、私はメインストレートで他のランナーを応援した。
そこには例の可愛らしいちびっこチアガールたちもいた。
混ぜてもらって、一緒に並んで応援。

そりゃ走ってくる人達、ビックリするわな。
かわいい子供たちの中に、一人だけやけにデカイおっさんががいるから。
おっさん、キャーとか言ってるし。

そんなことをしていると、
このちびっこチアガール達「クラップス・チアリーダーズ 名取」 http://claps.info/
がステージで踊るという。
そりゃ写真撮らなきゃとステージに近寄ると、ステージから先生の呼びかけが。
 「え~、じみ子さんもステージにどうぞ。」

えっ?
オ、オレ?
マンガみたいに、自分に指を指す。

先生はうなずき、さも当たり前、みたいな顔をしている。

えぇ~っ!本当に?

ステージを登りながら、頭はフル回転。
よく先生の意図がわからない、オレはどうしたらいいんだろう?
笑わせればいいんだろうけど、どうするべきか。
ハデにふざけるか、真面目にやるか。

そして、ステージからスキを見てシャッターを押した。
2012_0923PARACUP仙台0235 
オイオイ、これからなんか踊るってよ?
打合せも無いし、踊りなんてやったこと無いぞ。
皆、見てるよこっちを。

オレはステージ真ん中に立っている。
音楽が始まった。 腹をくくる。
真剣にやってる方が、面白いに違いない。
前で踊っている女の子を見て完璧に真似てやろうと、かなり真剣に踊った。


その時の様子は、このクラップスのブログに出ております・・・。
http://minasama.claps.info/?eid=1096407

友人に社会人アメフトのチアリーディングやってる子がいて、
それよく見に行ってたのが少しは役に立ったかな。

それにしても、礼儀正しい子供たちなのだ。
こんな怪しい大人が一緒に踊っても、ふざけることなく挨拶してくれた。
「よろしくお願いします。」「ありがとうございました。」「お疲れ様でした。」
嫌われるかと思ったけど。
クラップスの皆と笑顔でハイタッチしてステージを降りる。

息が切れた。結構激しい踊り。
ヒザに手をついて、息を切らせてたらMCの方々にイジられた。
オレ、リレーでも走ってるんですけど・・・。

でも、子供たちは元気だ。
そんな姿を見ていると、なんだか嬉しくなる。
その小さい瞳でこの1年半の間、色々なものを見てきたんだろう。
立派な名取の子供たちだ。
うん、良く頑張ったね。

閖上中学校の14人の事を想った。

そして最後は全員でオレのポーズを真似して、記念写真。
こちらこそありがとうございました。
楽しかったです。

またタスキを受け取り1周走った後、水餃子を食いに「豊華」のブースへ向かう。
これだ!
大きめのプリップリの水餃子にタレをかけて、その上に手作りキムチをドサっと乗せる。
このキムチが旨すぎてたまらない。
「好きなだけ、乗せてっていいよ~。」
茹でながらおじさんが言う。

昨日、さいかい市場のほうに行ったことを伝えると、
「ありがとう、今日の準備で休んでたからね。いっぱい食べてって」
2012_0923PARACUP仙台0226 
どっちが主役なのか分からないくらい、両方うまい。
キムチはそんなに辛くなく、カクテキのコリコリっとした歯ごたえ。
水餃子は熱々でジューシー。思ったよりボリュームもある。
これは本当にうまかった。

そして終わりの時間が近づいてきた頃、雨が強くなってくる。
2012_0923PARACUP仙台0237 2012_0923PARACUP仙台0239 
それでも応援は熱を帯び、ランナー達は懸命に走るのだ。

今回ご一緒した女性陣はほとんどランニングの経験が無い。
ちょっと心配したけど、皆楽しそうだったのでこっちがうれしくなったよ。
2012_0923PARACUP仙台0240 2012_0923PARACUP仙台0241 
そして最終周、チームジミ子3人で走った。
最後までスタッフのハイタッチ、掛け声は止まない。
給水所で礼を言う。おにぎり、梨がめちゃくちゃうまかった。
地元の、今は仮設に住まわれてる方々にお手伝いいただいたらしい。
笑顔が素敵だ。
「この梨、とっても甘いでしょう?」
2012_0923PARACUP仙台0244 2012_0923PARACUP仙台0249 
そして空港側の橋を渡るところにいた女性のスタッフ達、
土砂降りになっても笑顔で声をかけてくれる。
ジッとしてるから風邪ひかないかと、こちらが心配になるくらい。
写真撮れば良かったな。

あっという間のゴールだった。
色んな人と話したし、写真撮ったし。本当に楽しかった。
そう言えばAED担いで走ってた「一関救命救急」の若者たち、やたらと一緒に写真撮ったな。
なんか気に入ってくれたみたい。

彼らも走ってない時は、コースで他のランナーを応援してた。気の良いやつらだ。
2012_0923PARACUP仙台0250 2012_0923PARACUP仙台0252 

そして、この素敵な完走メダルを見て!
雄勝石をスタッフの方々や地元の方々で一つ一つ磨いたそうだ。
この世にたった一つしかない、素敵な完走メダル。
ヒモは歌津の漁師網を使ってるらしい。
手作りなのだ。

実は今でも雄勝に親戚が住んでるし、歌津には釣りで行ったことがある。
2012_0923PARACUP仙台0257 
PARACUP仙台のスタッフ・ボランティアの皆様、北釜地区の皆様、
一緒に走ってくれたランナーの皆様、関わった全ての皆様、
楽しいひとときをありがとうございました。

閉会式、雨が強くなってきて皆さん帰ってしまう雰囲気。
寂しくなりそうだったので、ちょっと残って見ていた。

仮装賞を狙ってはいたけど、メンバー全員おそろいの衣装のチームが受賞した。
まぁ、いいっか。

そしてPARACUP代表の森村さんの挨拶。
2012_0923PARACUP仙台0259 
想いの詰まった、森村さんの挨拶だった。

空いたブースで雨宿りしながら、その挨拶を聞いていると
となりのブースから話しかけられる。
そこは「田舎郡 東北村」のブースだ。
http://www.tohokumura.com/index.html
「キャー、写真撮りたかったの!」
一緒に写真撮ったら、まいたけおこわ2パック、ギフト用の化粧箱に入ったお米をもらった。
立派な仮装賞じゃないか!

女性陣は新幹線の時間が迫っていたので、すでに先にお別れ。
我々はゆっくり空港へ戻り、荷物を引き取り着替えた。
荷物を引き取る際、スタッフの方にこう言われる。
「仮装賞どうだった?」
違うチームだったことを伝えると、
「空港スタッフはじみ子一押しだったのに。」
いやぁ、ありがとうございます。

そんな事よりランナーが走ってるとこを見れるわけでもなく、
空港でのボランティア、縁の下の力持ちのスタッフ達。
ご苦労様です。うん、仲間だからね。

なんだか、とっても満ち足りていた。
本当に仙台に来て良かった。

空港のゆったりした部屋で着替えて、電車に乗って仙台駅へ。
お土産もそこそこ、最後の目的はココ。
2012_0923PARACUP仙台0263 2012_0923PARACUP仙台0266 
今回、牛タン食ってなかったもんね。近くの超有名店は行列。

でもここも十分うまいって、いわて銀河の時に知っているのだ。
伊達の牛タンへ。
2012_0923PARACUP仙台0264 
塩と味噌のミックス。
ふふ、はは、笑っちゃう位旨いっす。ビールが進むクンです。ぷふぁ、サイコー!
まだ時間があるな、と牛タンソーセージ&赤ワイン。
某、いっちさんのブログで学習したこの組み合わせ、素敵すぎる!

この店を出た後も、
オレはお土産なんか買わず立ち飲みや(改札内にあるんです。)で飲んでた。
それに飽きたらず、新幹線ではもらったおこわやホヤジャーキーで日高見を・・・。
2012_0923PARACUP仙台0267 2012_0923PARACUP仙台0270 
うん、この日の酒はうまかったなぁ。大宮着く頃にはフラフラだったけど。

そう言えば、この日の宮城の各局の夕方のニュースでPARACUPが紹介され、
ジミ子が走っているところが映っていたらしい。
オレを知ってる人はお茶の間で大爆笑したとか。
そりゃ、笑うわな。うれしいね。

楽しいって事は、人を引き付ける強い引力があって、それがまた新たな笑顔を生んでいく。
笑顔の花が、この地一面に咲けばいい。

ランニングが直接、悲しみを癒すことなんて出来ないかもしれない。
でもこんなに素敵な仲間が集まって、今でも君のことを想っている。

そんな瞬間に立ち会えたのだ。
ここに集まった仲間と、そして「走れる事」に感謝したいと思う。
2012_0923PARACUP仙台0218 
そうだよね、ももレンジャー?










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ホシヲ | URL | 2012.10.13 21:39
読んでて泣きそうになったよ。
ジミ子見るまでは(笑)
福島に数年住んでて、宮城県沖地震の直後に仙台にも行ってるから他人事じゃない。
悲しみより、笑顔から生まれるもののが多いはず。
今回、ジミ子の存在って大きかったと思うよ。
ジミ子軍団最高っす(^^)
やっぱりパラカッブは走るより応援したいかな。またワイン担いで行きます(笑)
ビアマウントは終わってしまったけど、近々走って飲めるイベントよろしく♪

ジミー | URL | 2012.10.13 23:15
ホシヲさん、
福島にも住まわれていたんですね。
じみ子夢に出ますよ(笑)

オレもパラカップは応援がいいかな。
今回、3人で1周ごとの交代だったから忙しくて
あまり応援できなかった。

本当に、良い大会です。
かみ | URL | 2012.10.14 00:10
あー、泣いちゃった。いい話だった。知らんことだらけやった。
ほんと、みんなの力って素晴らしいね。
ジミーさん、いいことしちゃってるね。

あー、さしもの私もまじめなコメントしちゃったよ。
hide | URL | 2012.10.14 11:18
クラップスと、ジミ子のコラボレーション、素敵過ぎるなあ。
子供達は、真っ直ぐですね。可愛過ぎる。
未来も、全然大丈夫ですね。

3.11。時間が経ったせいで、風化しそうでしたけど、ジミーさんのブログで、再び気づくことができました。
ずっと、続くんですね。みんなで頑張って、また笑える日が来ることを信じております。
ももレンジャー | URL | 2012.10.14 17:16 | Edit
そうだよ。走れる事への感謝の気持ちを忘れずに、
私達に出来る事をやればいいのよ。
じみこ大好き
また、一緒に走ろうね
ジミー | URL | 2012.10.14 20:41
かぁみちゃん、
ありがとうございます。

なんかね、名取の為に走るって思うけど、
結局は自分が楽しいんだね。
楽しくなきゃ意味がない。
言い換えれば、楽しくってかつ地元の人も喜んでくれれば、
大して難しい事じゃないんだね。
ジミー | URL | 2012.10.14 20:46
hideさん、

子供って希望の光なんだね。
海の絵を描かせるとまだ真っ黒な海を書く子がいるんだって。
希望を輝かせたいね。
せめて一瞬でも笑わせたいね(笑)
ジミー | URL | 2012.10.14 20:51
ももレンジャーさん(笑)

オレのジョグノに「閖上の写真がある」ってコメント入れてくれたじゃない。
その時、さかのぼって見たのね。
オレ、ももレンジャーも大変だったって、そりゃ当り前だろうって、
いまさらながら気づいたのね。

オレは安全地帯から叫んでるだけかもしれないけど、
少しでも役に立てたらうれしいな、と思ってます。

出来ることをやればいいんですね。
さぶろう | URL | 2012.10.15 18:10
走ることが復興につながるか、ということには
違和感があったりもしたんですが、この記事を
読んで、すーっと入ってきました。
ランナーみんなに読んでほしい。いい記事です。
いっち | URL | 2012.10.15 19:51
ジミーさんのブログ読んで初めて知ることがあまりに多くて
感動もらったり、ウルっときたり、ありがとうございます!
やっぱりじみ子はサイコーですね(笑)

牛タンと赤ワインの組み合わせはイケルでしょ?!(^^)
それにしても飲み過ぎ(爆)
shoki | URL | 2012.10.15 22:40 | Edit
かすみがうらマラソンで多くの東北ランナーの方が参加されていてゼッケンに「全国の皆さんご支援ありがとうございます」と書かれた方がいた事を思い出しました。
「あたりまえの日常」に感謝しなくてはいけない事を再認識しました。

ジミーさんのブログに感謝です。

ジミー | URL | 2012.10.18 00:50
さぶろうさん、

どっかで豆腐に甘いシロップかけるトコあるじゃない?(笑)
とたんにスィーツに変わるという。

ランニングの魅力って気づかないだけで、
もっと多種多様性があるんじゃないかって思うんですよね。

結局ランニングは「幸せになる為」にあるのであって、
だったら色んな事に役立てると思うんですよね。
ランニング雑誌に書いてある事だけじゃなく。

復興の為って大げさだけど、友達が悲しんでいたら
何かしたい。
出来る人が出来ることをやればいいのかな、と思ってます。
ジミー | URL | 2012.10.18 00:52
いっちさん、

今ではテレビでもやらなくなりましたからね。
本当に興味があって自分で調べないと、情報は入ってこない。
テレビって、ニュースってある意味いい加減なんですよ。
オレは信用していない。

でもアレは信用できる。
牛タンと赤ワインはサイコ―!(笑)
ジミー | URL | 2012.10.18 00:58
shokiさん、

ご無沙汰しております。
お元気でしたか?

shokiさんのコメントで思い出しました。
現地の方、本当に全国の皆さんの支援に感謝してたんです。
あ~肝心な事書くの忘れた(笑)

ホントに普通に過ごせる日常に感謝だし、走れる事もそうだけど、
まず仲間がいる事に感謝です。
1人じゃないって、相当なパワーなんですね。

沖縄のユメさん | URL | 2012.11.05 20:02
しばらくです。
今回は特別な思いで読ませていただきました。

兄弟同様のつきあいのある東京在のMさんが仙台出身で、昨年の津波でとても大切なお身内を亡くし、慰めの言葉もみつかりませんでした。

まるで私も一緒に走っているような、葛藤と、感慨を覚え、そして仙台の今を知りました。

ありがとうございました。

ジミー | URL | 2012.11.09 23:24
沖縄のユメさん、
ありがとうございます。

そうでしたか、そんな時慰めに言葉って見つかりませんよね。
私も同様です。何にも出来ない。

でも一緒に悲しむことは出来ますもんね。

そしてユメさんは美味しい料理でお客さんを癒して、
私はジミ子で笑わせたいと思います。
それが、少しでも救いになれば。
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プロフィール

ジミー

Author:ジミー
走っても痩せない。なぜならば食って、飲んでるから。


【自己ベスト】
2009年 第12回荒川市民マラソン   3時間55分
2009年 第10回谷川真理ハーフマラソン 1時間46分
2011年 第7回いわて銀河100Kmチャレンジ 13時間29分

【初レース】
2005年かすみがうら10マイル
【初フルマラソン】
2006年 第9回荒川市民マラソン    6時間10分

【東京マラソン】
第1回だけ当選しました。土砂降りのこの大会記録は6時間46分
あと14分遅ければ都知事と握手してテレビに写ったのに。
膝が痛くてそんな余裕ありませんでした。

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