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あなたへの手紙 ~2012・11・24 希望の灯りを、今、あなたが繋ぐ TOMOSU RUN 2012 第1章~

更新が遅くなりました。
なかなか記事を書く時間が取れなく、ずっと悶々としておりました。
それでもなんとか完成出来たのは、時々声をかけてくれる方のおかげです。

2013年東京マラソンのボランティアリーダーをしましたが、隣の給水テーブルから
ボランティアメンバーの方に声をかけられるとは思っていなかった。
ネームプレートに「ジミー」って書いてあるからかな?
ブログをお褒めいただいてありがとうございました。

いわきサンシャインでも、仙台国際ハーフでも、走っている時に声をかけていただきました。
今年は両方とも二日酔いじゃなかった(笑) ありがとうございます。

皆様に感謝です。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

※この記事には被災地(釜石~陸前高田~大船渡~釜石)の2012年11月時点の写真や
被災当時の映像のリンクが掲載されております。 ご注意ください。   


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拝啓、お元気ですか。
お身体の具合はいかがでしょうか。

突然のお手紙、お許しください。

私の住むところでは桜の花が咲き始めました
そちらはどうですか。
まだ寒さが厳しいのでしょうか。冷たい風が吹き続けているのでしょうか。

今日は3月11日です。あれから2年がたちましたね。
それがあなたにとって「もう」なのか「まだ」なのかは私にはわかりません。

私にはあなたのように津波に襲われた経験もなければ、大切な人を失った事も
ないからです。 

でもあなたの涙を見ると、たまらなく悲しくなります。

私は、東北が好きです。
以前夏の4大祭りを車で回ったこともあるし、釣りで三陸を南下した事もあります。

魚、酒が旨くて、人が良い。現地で知り合う人は皆、優しかった。
山田では漁師にホヤをもらったし、気仙沼の居酒屋では金にもならないのに
オレの釣ったアイナメをさばいてくれた。

そんな事を思い出します。

あなたはどんな気持ちでこの2年間を過ごしたのでしたでしょうか。












大人になると、色んな事に「答え」が出ると思ってました。
何か起こっても、どんな問題でも。
子供の頃、漠然とそう思ってました。

それが大人なるって事なんだと。

でも、違うんですね。
かえって答えが出ない事のほうが多くなる。
「割り切れない」出来事の方が多くなる。

でもこの悲しい出来事に対しては、自分なりの「答え」を出したい。

私が被災地へボランティアに行くのは、そんな想いがあります。
実際にあの土地に立って、汗をかいて、感じたい。
あなたは褒めてくれますが、本当に時間がある時になんです。

そして、結局は自分の為にやってるのです。

そう言えば、私がランニングをしていることはご存じですよね。
去年こんなイベントがあって、走ったんです。
岩手の陸前高田から釜石までの60kmを。

そのイベントは「TOMOSU RUN」といいます。

11/23(金・祝) 東北新幹線「やまびこ」にて一関駅にお昼前に到着。
シゲさんと一緒です。
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取り合えず駅に顔ㇵメ看板があったので、オレ弁慶、シゲさん義経。中尊寺が近いからね。

駅にはチャーターバスが待機していて、参加者を陸前高田まで連れてってくれました。
乗車している間、大船渡の津波の状況を撮影したDVDを見せてくれました。
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大船渡に本社がある「かもめの玉子」のさいとう製菓の専務さんが撮影した、
震災当時の映像です。 壮絶さに言葉を失う。
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そしてバスは気仙沼の差し掛かります。
バイパスを通って陸前高田に行くものばかりだと思っていたので、
気仙沼を見せてくれてありがたい。
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そしてガイドしていただける、陸前高田の旅行業者の方。
車中、マイクで気仙沼の現状を事細かく説明してくれました。

私もかなり昔ですが、気仙沼へ釣りに来たことがあります。
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ちょっとした地形の標高や、建物の構造で津波の影響は変わる。
少しバスが移動しただけでこの光景。

気仙沼は湾奥に船の重油タンクがあって、そこに建物が流され、火災が起きた。
大変ひどかったらしい。私も当日映像で見た記憶がある。
このガイドの方は、言いました。
「私は当日そんな事知る由もありません。停電でテレビはつかないので」
この方も被災されています。
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バスは鹿折(ししおり)地区へ。
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陸上にたたずむ大きな船。
とても異常な風景。
ちなみに地震による地盤沈下が激しいため、道路がかさ上げしてあるそうです。
道路だけは新しい。
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第18共徳丸。
全長約60メートル、総トン数330トンの大型巻き網漁船。
港から約750m流され、ここにたたずんでいます。
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2013年夏にも解体が予定されています。 ※決定されたようです。
保存したいという動きもあるよう。「震災を忘れないためにも」「象徴として残したい」
これを見るためにここを訪れる人は多いらしいです。
解体してしまうと誰も来なくなるんじゃないか、ということを危惧する声もあります。
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解体を望む声は、大体同じようです。
「見ていて、辛い。」
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こちらは気仙沼復幸マルシェ 仮設の商店街。
http://www.shishiori-marche.jp/
こういう復興商店街はたくさんあるけど、徐々に訪れる人は少なくなっているらしい。
被災の影響で周辺の住民は少ないし、観光客も年月とともに忘れていって
しまうのでしょうか。
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バスは北上します。
唐桑町付近。とても美しい海岸線が、上から見える。
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下の小さな漁村におりると、こんな風景。
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山側を見る。
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気仙沼は宮城県。
ここから岩手県に入ります。陸前高田市。
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陸前高田市気仙中学校。児童らは全員避難し無事だったそうです。
こちらは震災遺構として保存する方針だそう。
中学校の上まで水が来たんだな。
「岩手県警が公開した東日本大震災発生時の陸前高田市と大船渡市の映像 」
http://youtu.be/v6C09V0PcFI
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右折し、気仙川を渡ります。
右手が海。高田の松原方面。
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橋から陸側を望む。
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「奇跡の一本松」は通常右奥の建物(陸前高田ユースホステル)の側にありますが、
この日は保存作業の為に旅立っておりました。
「陸前高田市HP 」
 http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/kategorie/fukkou/ipponmatu/takata-ipponmatu/takataipponmatu.html
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2.5キロに及ぶ砂浜があり、数万本の松が植えられた防潮林があったと聞いても
想像がつかない。
この風光明媚な白砂青松の高田松原には、夏になると約20万人が訪れる観光名所
だったそうです。
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陸前高田市で震災による生じたガレキは、150万トン以上になるという。 
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道の駅 高田松原 「タピック45」
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「キャピタルホテル1000 」
2013年の秋をめどに、現在復旧作業が進められています。
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「高田松原第一球場 」
地盤沈下が激しく、水没しています。 2013年春に解体。 
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下宿 定住促進住宅 (雇用促進住宅)
4階まで浸水しています。こちらも解体へと進められていましたが、
震災遺構として保存する方向のようです。
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バスは気仙大工左官伝承館  に到着。
ここから今回のイベント「TOMNOSU RUN」が始まります。
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~TOMOSU RUN のホームページより~
東日本を襲った未曾有の大震災から1年半以上が経ち、東北三県では復興に向けた様々な
取組みが続いています。皆さんは、「1.17希望の灯(あか)り」(※)が岩手県陸前高田市と
福島県南相馬市に分灯されているのをご存知でしょうか?
(※阪神大震災の犠牲者の慰霊と復興を願い神戸市中央区の公園「東遊園地」で
燈されているガス灯です。)

我々は、その希望の象徴の灯りを東北三県にもっと増やし、点と点を結ぶように一本の線で
繋げたいと考えました。共に未来へ進もうという誓いを込めて、参加者全員で運営する
ランニングイベントを開催いたします!

一緒にイベントを盛り上げていく中でランナー同士・スタッフ同士の心の交流も図られ、
たくさんの絆が生まれると信じています。ゴールの後は、希望の灯りの燈火を使用した
キャンドルナイトでイベントを締めくくります。

大切な人達の幸せと笑顔、そして日本中の人々の明るい明日を願って、
皆でキャンドルに灯を燈しましょう。


「希望の灯り」
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201112100589.html
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この「希望の灯り」をプロトレイルランナーの宮地さん,アドベンチャーランナーの高繁さん
をはじめとするゲストランナーの方々が、ここ陸前高田から釜石まで走って繋いでいきます。
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そして、もちろん我々も。
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今日はここ「伝承館」から少し走って、明日のスタート地点である米崎小学校まで
進みました。
たくさんのすすきに囲まれて。
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途中、地元の子どもと一緒に。
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走りながら山を下って見える風景は、何の変哲もない良き田舎の夕暮れ。
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米崎小学校に到着。
校庭はたくさんの仮設住宅が建てられています。
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そして体育館でナンバーカードをもらい、前夜祭が始まりました。
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古今亭駿菊さん
 http://ameblo.jp/syungikusishou/
の落語やキャンドル作成も。 
そしてビールを飲めば、知らない同士でもなんだかすぐに打ち解けてしまう。
体育館の中は寒かったけど、話は盛り上がりました。
ランナーであり、同じ想いの人たちだからですかね。
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前夜祭を終え、宿泊地である大船渡までバス移動し、ホテルチェックイン。
「ホテル福富」は津波で襲われた町のど真ん中にあり、港は目の前。
ここは2階まで水が来たようですが、3階だけでもといち早く復旧し営業を再開したそうです。

外を出ると真っ暗。 辺りはほぼ何もない。
地盤沈下が激しいらしく、道路はかさ上げされていました。
満潮時、道路が水没しないように。

そんな中、遠くに見える灯りがありました。
「大船渡 屋台村」
http://www.netricoh.com/contents/officelife/touhokuouen2/iwate/oft_yatai_01.html 2012_1125TOMOSU0200.jpg 
店なんて無いだろうと、夕食は自分で確保していましたが、ここに行きたい。
さっきの前夜祭で知り合いになった方々、
そして偶然ホテルから出てきた方々と一緒に飲むことになりました。
普通の大会だったら、ありえないですね。

皆で「青い麦」に入り、他の店からも出前が取れるようなので色々と注文。
あたりは美味しそうな店ばかり。
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にぎやかにビールから始まり、そして日本酒へ。もちろん岩手県釜石のお酒「浜千鳥」。
明日朝早くから、60キロ近く走るんですけどね・・・。
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私はシゲさんと、他の店におでんを仕入れに行きました。
お店はココ。
「かあさんのおもてなし 喜楽」
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急に大皿をお願いしたにも関わらず、笑顔で対応してくれました。
お店にはお客さんが1人いて、突然のドタバタで失礼したのに楽しくおしゃべり。
聞くと、壁にはこの店に訪れたお客さんの出身地にサインがしてあるそうで、
ではと、私たちも書かせていただきました。
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ここのおでんが温かくって、味がしみてて、うまかったんだよなぁ。
おかささんの人柄と笑顔という味付けが良かったんですね、きっと。
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そして「浜千鳥」も心にしみるのです。
あまりにしみすぎて、この店の「浜千鳥」は全て無くなりました。ハイ、売り切れ。
どんだけ飲んだんだ? 初対面同士なのに。
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外に出ると、あたりは真っ暗だけど遠くの高台には街の灯り。
ホテルに戻り、相部屋にて就寝。

朝、起きると吐き気が。あ~あ。やってしまった感、ありありの朝でした。
二日酔いで走った仙台国際の悪夢が蘇りました。
同室の方がまだ寝てる時間に、早めに起きて大浴場へ。
まぁ風呂入っても酒は急には抜けません。
これから60km走るのに・・・。

まだ真っ暗の中、迎えのバスに乗り陸前高田へ。スタートは、ここ米崎小学校を6時です。
その前に体育館にて事前説明と記念撮影。
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昨日たらふく飲んだ仲間と、高繁さん、宮地さんと。
徐々にテンションが上がってきたようです。二日酔いの私以外は。
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そしてTOMOSURUNのフラッグに寄せ書き。
正直に今の想いを書きました。

「昨日は飲みすぎた!ジミー。」
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皆、真面目に書いてるのに・・・。

そしてちょんまげ越しに、TOMOSU RUNの代表の山本さんの説明を聞く。
 ん?ちょんまげ?
そして、参加者全員で集合写真を撮りました。
その様子は、ランニングマガジン「クリール」2013.2月号・76ページ
三陸に集まった105人のランナーと40人のボランティア 「完走率100%のウルトラマラソン」
の記事に掲載されております。
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6時に、校庭の仮設住宅にお住まいになっているおばあちゃん達に手を振られ、スタート。
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するといきなり長い上り坂。
二日酔いの身体に、いきなりの試練でしたよ。
気温はかなり低かったのですが、それでも昨夜の大量の水分摂取のおかげで
汗をかいて、ウインドブレーカーを脱ぐほど。

だけどひたすら登って振り返ると、遠くにおだやかな海が見えました。
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この峠を上りきると、間もなく大船渡市に入ります。
第一の目的地まで、約10km。
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すっかり辺りも明るくなってきた頃、峠を越えました。
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最初のエイド。
先に着いたランナーや先回りしてたスタッフの方々がハイタッチでお出迎え。
やっと目も覚めてきました。
ここでバラけたランナーをまとめて、集団走にするようです。
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この碁石海岸交差点から、大船渡湾口が見えました。
朝焼けの大船渡の海は、それはとても綺麗で、それはとても美しかったのです。
余りの美しさに、あそこから津波が入ってきたなんてすっかり忘れていました。

ただ、うっとりとこの風景を眺めていました。
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ホテル丸森前のエイドで給水して、また走り出します。
坂を下ると、昨日泊まった大船渡の街が少しずつ見えてきました。   
昨日バスの中で見た映像が、ここで撮られていたなんて信じられなかった。
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そして大船渡小学校に到着。
この学校も1階部分が津波に襲われました。

ここは港から400~500m離れた高台にあり、
災害時の避難場所に指定されていたため、児童たちは校庭に避難していたそうです。
そこで想定を超える津波がやってくる。
津波が街を飲み込む風景を見て、危険を察知した先生や父兄が裏の急斜面に
児童を誘導し。全員が無事だったとの事でした。

ここから地元の子どもたちと一緒に街まで走るのです。
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先着のランナー、スタッフ、父兄のみなさん、子供たちがハイタッチで迎えます。
地元の方々のごあいさつの後、子供たちを先頭に走り出しました。
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そして、到着。 第1の目的地。
「おおふなと 夢商店街」
http://www.netricoh.com/contents/officelife/touhokuouen2/iwate/oofunato_01.html 2012_1125TOMOSU0294.jpg 
ここでまず朝食が振る舞われました。
ホタテ、イカ焼き、おにぎり、コーラ、そしてそしてさんまのつみれ汁!
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つみれ汁が二日酔いの胃に染みるんだ・・・。昨晩からしみっぱなしです。
つみれがふわっふわっ! これ、旨かったなぁ。
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朝食をいただいた後、部屋で大船渡の津波の映像を見せて頂きました。
http://youtu.be/0VTGY4KKpFA
http://youtu.be/N58tJucmVbU
バスの中で見た、さいとう製菓の専務さんが撮った映像とほぼ一緒です。
あのバスに乗っていない人もいたので。

そして当時の状況などの説明を聞きました。
津波で流された人は、まさかここまで、と思って油断していた人が大半のようです。

そして力強く、こう私たちに言いました。
「あなた方は地震が来たら、すぐ逃げてください。まず自分が助かる事を考えてください。
私も逃げます。これは生き残った者の使命です。」
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TOMOSU RUNのフラッグの贈呈式を見ながら、さっきの言葉が頭から
離れなかったのです。
生き残った者の使命。
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また、走り始めました。
大船渡駅にはここが駅であった面影は既になく、線路と崩れたホームがあるだけ。
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浸水を防ぐための土のうの横を走ります。

「かもめの玉子」のさいとう製菓の旧本社兼総本店。港から約100m。
2階までえぐられています。

「それでもカモメは飛び続ける」
http://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=56679
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そしてその先にあるさいとう製菓の仮本店で、かもめの玉子エイドです。食べ放題!
なんて贅沢なエイドなんだ。4つ位頂きました。うまいね~。
さいとう製菓HP http://www.saitoseika.co.jp/top.php
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お土産を買って宅配で送る人もいましたよ。
そういえば、2011年6月のいわて銀河を走った後、盛岡駅で見つけた時はうれしかったな。
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ここから本格的に釜石を目指します。
山並みが見えてきたところでスタッフの方にどの方向へ走るのかを聞いでみた。
「あの山を越えます」
あっ、そうなんですね・・・。
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あの山を越える前に、エイドです。
ここでは温かい甘酒、どら焼きなど。この甘酒がとてもうまかったんです。
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本当にこのイベントはエイドが素晴らしく、スタッフが陽気で元気で、あたたかい。
まだほんわかしてました、この先に過酷な道が待ってるとも知らずに。
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そしてずっと坂・・・。登坂車線があるくらいなのね。
ここであるランナーと話しながら上った。
「マラニックって書いてあったけどさぁ、これ立派なウルトラだよね。」
「ホントですね~、こんな坂だしね~。」
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この峠を越えた後のエイド、道の駅「さんりく」の柿ソフトが旨いらしいですよというと、
それ是非食べないと!と言って去っていきました。余裕だ・・・。
軽く走っていったところを見ると、立派なウルトラランナーなんでしょうね。

そしてひーひー言いながら登ると、峠のトンネルが近づいてきました。
この45号線は下に大船渡三陸道路が通っていて車はほとんどそちらを通ります。
わざわざ、くねくねと上がっていかないんだろうね。
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トンネルはかなり古く、狭かったです。 それが何故かワクワクする。
前後にはもうランナーがいない。遅すぎなのか?
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それでも、1人でトコトコ、トンネルを進んでいくとこんな景色が開けてきました。
気温はかなり低めですが、まだ少し色づいている木々もあります。
なんか、気持ちがいい。
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遅いクセに、周りを眺めながら。
こんな風景を眺めながら走れるのは、幸せな事かもしれない。2012_1125TOMOSU0355.jpg 
そしてエイドである、道の駅「さんりく」に到着。
http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1306133456310
ここでもスタッフ、応援チームに元気にお出迎えしてもらいました。
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さっき坂の所でお話していたランナーは出発の様子。
「待ってたんだよ。柿ソフト、全部食えないからあげようと思って。」
はは、もらっちゃった。ほんのり柿の味がして、おいしい。
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あとここのエイドでは、フカヒレスープがもらえるのです!
冷えた身体にしみるのです。また昨晩からしみっぱなし、なのです。

ここで、陸前高田出身のランナーとお話し。お父さんが応援に来てました。

皆、何を想いながら走っているのだろう。

そしてまだまだ国道45号線を北上します。
遠くまで山並みが見える。
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途中では、サプライズでホットワインエイド!
もうだいぶランナーもばらけてるのに、待っていただいたらしい。
紙コップなみなみに注がれちゃうもんだから、もちろん飲み干しましたよ。
温まる!
この日、最高気温4℃でした。
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遥か遠くにランナーが見えてきました。
皆、なにを想って走っているのだろう。
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そしてエイドが近づくと、スタッフの方々が遠くから気づいてくれて、手を振ってくれます。
大きく、元気よく飛び跳ねてる人もいました。
それがなんだかうれしくて、つい笑ってしまう。
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時々、海が見えました。
もう足が重く辛かったのだけど、海ばかり見てました。
この美しい海を、穏やかな海を、ぼんやりと見ながら走りました。
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途中、歩いている青年に追いついたんです。
少し話をしました。彼の今までの最長走行距離は20kmだそうです。

皆、何を想って走っているのだろう。
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私はこんな美しい風景の中を走っている時、とても幸せな気持ちでした。
車も無く、前後には誰もいない。風の音と鳥の鳴き声しかしない。
この大自然に溶けていくような、そんな感覚だったんです。
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あなたは不謹慎と思われるでしょうか。
この時は、この地の震災の事とか、今も悲しみに暮れている人たちの事とか、
諦めてしまった人の事とか、希望の灯りとか、全く頭の中に無かった。 
 
ただとても、この美しい風景の中を走っている。
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ここ三陸の地は、美しいのです。 そう、どんな事があろうとも。

私は悲しい出来事ばかり見つめるのでなく、この素晴らしい風景も大事にしたい。
この岩手の素敵なところを、自分の中で、大切にしたい。
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我々が走ってる事を、電光掲示板で通行車に注意をうながしていました。
普段この道を歩いている人なんかいないでしょう。もちろん走る人も。 
このコースも終盤、次第に釜石の市街地に入っていきます。
だいぶ疲れもたまってきました。
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釜石の市街地を流れる甲子川(かっしがわ)河口。釜石港へと続いています。
釜石の津波の様子 
http://youtu.be/HR_6W7GdWPs
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夕暮れとともに目に入ってきたのは、何度見ても見慣れることのない、胸を締め付けるような
悲しい街並み。
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そしてしだいに足が、身体が、心が、絶望的に重くなっていきました。
2012_1125TOMOSU0404.jpg 2012_1125TOMOSU0405.jpg 
それでも、前へ。
何か祈りながら走りましたが、私は何に祈っているのか分かりませんでした。

皆、何を想って走っているのだろう。
2012_1125TOMOSU0402.jpg  
釜石の人々は皆、何を想って日々を過ごしているのだろう。

この手紙で私が一番聞きたかった事です。
あなたは今、何を想っていますか?  あなたの想いを聞かせてほしい。
2012_1125TOMOSU0403.jpg 
もちろん私にはわからないのだろう。人の痛み、悲しみは、他人には分からない。

でもあなたが悲しいと、私も悲しい。
このイベントに参加したランナーやスタッフ全員が、そう思っていたはずです。
なにか出来る事はないだろうか。
ランナーとしていつもしている「走る事」をこの地ですることによって、わずかでも「力」に
なれないだろうか。

だから私たちは、ここまで来ました。全国各地から、ここに集まりました。

これは独りよがりかもしれません。自己満足かもしれません。
それでもわずかな可能性があれば。救われる一瞬があれば。

そして、
祈っていたのは、この事と気づきました。

釜石駅前を通り過ぎます。
2012_1125TOMOSU0406.jpg 
駅前のスーパー「マイヤ」で最後のエイド。スタッフも寒い中大変だろうな。
ゴールの釜石中学校近くになると、曲がる場所で昨日飲んだ仲間が道案内で
待っていてくれました。

寒いのに、ありがとう。
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そして、ゴール。
ほとんど皆走り終えたらしくすでにゴール前は寂しい感じですが、
スタッフはテープを持って待っててくれたし、下の写真はシゲさんが撮ってくれました。

ここまで走りに来て、走ってみて、走りきれて、本当に良かった。

 2012年11月、陸前高田から釜石まで60kmの私の旅は、こうして終わりました。
__ (2) 
すぐ、シゲさんと近くの銭湯へ。
あたたかいお湯に身体を預けると、身体の奥の重い疲れがじんわりと溶けて行きます。
なんだか、すごい1日だったな。

湯船を出て着替えていると、あの最長距離20kmの青年がやってきました。
無事、完走できたようです。やった!それってすごい事だ!

その青年は番台に居るおばあちゃんに料金を払う際、聞いてました。
「これって何時間の料金ですか?」
私が言う。
「銭湯って時間制じゃないよ。銭湯に入った事ないの?」
スーパー銭湯しか入った事が無いらしく、生粋の銭湯は初めてだって。

この銭湯を知らない若者は、意地でゴールしたんだろうね。

そういえば完走後、記録証ではなく感謝状をもらいましたよ。粋な計らいですね。
あと「浜千鳥」も!
2012_1125TOMOSU0458.jpg
閉会式が終わり駅前のホテルに荷物を置いた後、
向かった先は「呑ん兵衛横丁」。
http://www.iwatetabi.jp/spot/detail/03211/1541.html

釜石湾の近くにあった「呑ん兵衛横丁」は津波で全店舗流されたようですが、
釜石駅近くに建てられた仮設店舗で2011年12月、営業再開。

●被災地釜石 「のんべえ」達の本音
http://blogs.jp.reuters.com/blog/2012/03/16/%E8%A2%AB%E7%81%BD%E5%9C%B0%E3%83%BB%E9%87%9C%E7%9F%B3%E3%80%8C%E3%81%AE%E3%82%93%E3%81%B9%E3%81%88%E3%80%8D%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%9F%B3/
2012_1125TOMOSU0425.jpg    
釜石に泊まったらここにはぜひ行きたかった。
雑誌で少し知っていた店、横丁の入り口にある「お恵」で飲むことにしました。

●呑ん兵衛横丁は震災に負けない 釜石「お恵」50周年
http://www.asahi.com/national/update/0703/TKY201307020477.html  
2012_1125TOMOSU0427.jpg 2012_1125TOMOSU0428.jpg  
こういう店はいいですね。女将さんはほのぼのとしていて楽しい。
材料が足りないからスーパーに買いに行ってくれたり、
お腹空いたって言ったら焼きおにぎりサービスしてくれたり。たら汁も旨かったんです。
私は疲れ果てていて、酒があまり飲めなかったですが、結局7名集まり女将さんと
わいわいやりました。

そして翌日。
行き同様、帰りもここ釜石から一ノ関までのバスを主催者側が用意してましたが、
私はレンタカーを借りて、1人気ままなドライブをすることにしました。
2012_1125TOMOSU0429.jpg
レンタカー屋で新聞読んでたら、TOMOSU RUNの記事を見つけましたよ。
結構デカいですね。やはり地元は関心があるのでしょう。 
2012_1125TOMOSU0430.jpg 2012_1125TOMOSU0431.jpg  
なかなかのドライブ日和です。
途中道の駅2か所に寄ってお土産を買いながら、たどり着いたのは遠野。
柳田國男のまとめた民話集「遠野物語」が有名ですね。
座敷童、おしら様、河童・・・。
2012_1125TOMOSU0452.jpg 
ここにはもう何回か来ています。なぜかこの遠野の雰囲気に惹かれてしまうのです。
伝承園 http://www.densyoen.jp/index.html
 に車を止めて、歩き出した目的は「カッパ淵」
2012_1125TOMOSU0433.jpg 2012_1125TOMOSU0434.jpg 
常堅寺の脇を通って、すぐなのです。
2012_1125TOMOSU0435.jpg 2012_1125TOMOSU0436.jpg    
カッパ淵。
無性に、ここに来たかったんです。 
水を飲みに来た馬を川の中に引きずりこもうとする、いたずら好きなカッパを探しに。2012_1125TOMOSU0441.jpg 
2012_1125TOMOSU0450.jpg 2012_1125TOMOSU0446.jpg 
釣り竿の糸の先にはきゅうりが結んであって、水の中でゆられておりました。
「カッパ捕獲許可証」があればこれでカッパを釣る事ができます。
許可証は伝承園で売ってました。

近くの小さな祠はカッパの神が祭られていて、乳の神として母乳の出が良くなるようにと、
お参りに来る人が多いらしいです。
2012_1125TOMOSU0443.jpg 
かなり寒いのであまり人も居なかったおかげか、この神秘的な場所でのんびりできました。
そして、常堅寺の狛犬は「カッパ犬」。
2012_1125TOMOSU0448.jpg 2012_1125TOMOSU0451.jpg 
伝承園で小さいカッパの置物を買って、また車を走らせました。

次の目的は「花巻温泉郷」。 紅葉館の日帰り入浴へ。
大きい露天風呂で温泉に浸かって、ひたすらぼーっとしました。
 昨日走った事、そして見たものが、夢のよう。

新花巻駅に到着してまだ指定の新幹線まで時間があったので、
駅前にある「山猫軒・駅前店」へ。
2階の食堂はこの日貸切だったので、1階の喫茶コーナーでかき揚げそばをオーダー。
お土産やに売ってるお酒も持ち込めるそうなので、もちろん飲みました。
岩手に来て、これで何本目の「浜千鳥」なのでしょう?
2012_1125TOMOSU0456.jpg 2012_1125TOMOSU0457.jpg 
1人で当然のように新幹線でも飲み続け、なんとか埼玉へ戻りました。
良く飲んだな。まぁ、いつもの事ですよね。

今思い出しても、あの陸前高田から釜石までランニングは特別な体験でした。
 
私は 「東北を忘れないで」 なんて言いません。
私は人様にそんな事言うほど偉い人間でもないですし、やっぱり人それぞれです。

でも私は、忘れたくない。
私はね。
忘れない、絶対に。
あの悲しい街並みも、あの素敵な風景も。

私はそういう自分でありたいのです。
自己実現です。
それを出来る限り、無理ない範囲で続けたい。

ひょっとしたら、これが「答え」なのかもしれませんね。

そういえばあの日、月の見え始めた夕暮れの中を走っている時、
釜石の小高い岬の上で、大きな観音様が静かに海を見つめておりました。
 
あの日の風景も、そんな風に見ていたのでしょうか。
2012_1125TOMOSU0396.jpg   
それが今でも心に残っています。

また、手紙を書きますね。お身体、ご自愛ください。
私は、それだけが心配です。

敬具  
  





「TOMOSU RUN 2012 ダイジェスト映像」
とても分かりやすい映像です。私も写ってました。
http://youtu.be/OSJb0wtASXM

TOMOSU RUN ホームページ
http://www.tomosurun.com/

※第二章 2013年11月2日(前夜祭)11月3日(大会本番)
 スポーツエントリー でエントリー開始しています。
http://www.sportsentry.ne.jp/event/t/38051

私もまた参加させていただきます。






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いっち | URL | 2013.08.28 10:50
ジミーさんの力作、しっかり読ませていただきました。
お疲れ様でした。

あれから、忘れちゃいけないと思いつつ、日々の生活が戻ってくると、自然と記憶が薄れていって・・・
でもまだ、頑張っている人がたくさんいるのだと、
こういうきっかけで気づかされます。
ありがとう、ジミーさん。


那覇のレポも待ってるよ!
めぐ | URL | 2013.08.29 12:12
写真満載で沢山の想いがこもったTOMOSU RUN のブログ読ませていただきました。
読んでて、去年のTOMOSU RUN で感じたこと、心に残った事がよみがえり、何とも言えない気持ちでいっぱいになりました。

自分のために、答えを知りたいために、ボランティアをしている。
そう言うジミーさんの気持ちすごく分かります。

私が走り始めたのは、自分の健康体を活かして走っていたら何か感じられるのではないか、とどこかで答えを探していたのかもしれません。

東北に対してのジミーさんの真っ直ぐな想い、触れる度に毎度心が動かされます。

今年もTOMOSU RUN でご一緒できることを楽しみにしています!
アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦 | URL | 2013.08.30 20:32 | Edit
長編力作、ありがとうございます!

シェアしますね!

今年は参加できませんが、参加される皆さんで東北を盛り上げて下さい!
キャプテンe | URL | 2013.09.08 21:12
盛りだくさんのいい話だなあ。カッパ釣りも含めて(笑)
でも、ジミーの体重よりも重い話でもある。大切だよね、忘れないこと。
夢風 | URL | 2013.09.17 18:06
沖縄のユメです。
本日拝読させていただきました。

入魂の長編ごくろうさま。

いつもながら、心が洗われるような気持ちになります。

ありがとうございました。
ジミー | URL | 2013.11.17 09:53
いっちさん、ありがとうございます。
忘れることは悪い事ばかりじゃないですよね。
だから人間、生きていける場合もあるのでしょうから・・・。
でも、忘れたくない事もたくさんありますね。
本当に三陸の海岸は美しかったです。
ジミー | URL | 2013.11.17 09:59
めぐさん、ありがとうございます。
この企画に参加出来たのは、めぐさんのお誘いのおかげですよ。
走ることはタイムを追い求めるだけでなく、色んな事を教えてくれますね。
人のつながりもその一つです。
お蔭様で世界が広がりました。


ジミー | URL | 2013.11.17 10:01
高繁さん、ありがとうございます。
高繁さんとお話できてうれしかったです。
今年はご自分のチャレンジでご一緒出来ませんでしたが、陰ながら応援しております¥。
がんばってください!
ジミー | URL | 2013.11.17 10:03
キャプテン、ありがとうございます。
そちら覗けなくってスイマセン。なにやら忙しくって。。。
来年は下関海響マラソン行きたいなぁ。
そして体重は、減りません(笑)
ご期待通りです(笑)
ジミー | URL | 2013.11.17 10:07
ユメさん、ありがとうございます。
走ることで自分の世界が広がりましたよ。
三陸では見たくない景色も、見たい景色も見てきました。
走ることは、知ること。「ハシルコト ハ シルコト」
もう少し、走り続けようと思います。
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プロフィール

ジミー

Author:ジミー
走っても痩せない。なぜならば食って、飲んでるから。


【自己ベスト】
2009年 第12回荒川市民マラソン   3時間55分
2009年 第10回谷川真理ハーフマラソン 1時間46分
2011年 第7回いわて銀河100Kmチャレンジ 13時間29分

【初レース】
2005年かすみがうら10マイル
【初フルマラソン】
2006年 第9回荒川市民マラソン    6時間10分

【東京マラソン】
第1回だけ当選しました。土砂降りのこの大会記録は6時間46分
あと14分遅ければ都知事と握手してテレビに写ったのに。
膝が痛くてそんな余裕ありませんでした。

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