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それはとても簡単なこと~2013・2・10いわきサンシャインマラソン~

ども、ジミーです。
いつもありがとうございます。

皆さん、調子はいかがですか?

私は去年の忘年会でひどく酔っぱらったんですが、
その時鍋をひっくり返したのに全く記憶が無く、
でも帰りの電車が人身事故で止まっているなか、
巧みな乗り替えでいつの間にか普通に自宅に帰れていて、
会社の人間から「神」呼ばわりされてからというもの、ずっと絶好調です。

※なぜ今頃、去年の忘年会の話かって?
↑の書き始めたのが今年の正月だからです!
はっはっは。

最近全く走ってないのですが、
走らなくとも何かと忙しく、ご存知の通りブログの更新も滞ってばかり。
結局2013年の大会の記事も同年中にアップ出来ていないという快挙。
いや、暴挙。

それでも大会にてお声を掛けて頂けたりするので、大変ハゲに、
いや、励みになっております。
まあ私の記事に速報性はないので、大会を題材にしたお話し位に思って頂ければ幸いです。

2012年は初めて参加する大会も多く、とても刺激的でした。
特に東北で見た風景や出会った人々は、深く心に刻まれ、今の私の軸足となっています。

そして2013年、その想いがますます深まる年となりました。
2月いわきサンシャイン、4月戸田彩湖、5月仙台国際ハーフ、6月いわて銀河、
8月小布施、10月パラカップ仙台、11月トモスラン、12月那覇。

大変遅くなりましたが、まず2月のいわきサンシャインに参加した様子を
書いてみたいと思います。

そう言えば去年のいわきサンシャインを走ってる時、ブログを読んで頂いている女性の方に
こう声掛けられたのでした。
「ブログの更新、1年位待ってますから(笑)」

その時はさすがに1年もかからないでしょ、と思っていたのですが。
はは。
預言者だったのですね、あなた。

がんばります。。。


さて以前の記事でも書いていますが、私は2011年8月から、福島へ日帰りで
震災復興ボランティアへ行ってました。大会参加時以外の週末はほぼ毎週、
場所はいわきです。
ただ、年末には疲れもストレスも結構溜まってしまいました。

そんなこともあり、2012年は春まで少し休み、その後月イチペースで。

代わりに大会遠征は増えました。
東北はいわき、仙台、北上、雫石、盛岡、名取、気仙沼、陸前高田、
大船渡、釜石、遠野。そこで見た風景、出会った人々は記事にした通りです。

2013年からは月イチで、場所は代わって南相馬へ行きました。夜行日帰りです。
私が行った地区は福島第一原発から10数㎞しかはなれてなく、
原発事故が起こってから立ち入り禁止でしたが2012年4月から避難解除準備区域になり、
住むことは出来ないが立ち入る事は出来るようになりました。

そして、2013年1月に初めて訪れた時、見た風景。

1年8ヶ月経ってるのに、今だ崩れ落ちたままの家、あちこちに転がっている車、
ひびの入った橋、曲がったままのガードレール。
そして異様だったのは、全く人の気配がない街でした。
賑やかであったろう駅前。住宅街。

今は、音の無い世界。
どこかの田舎街の深夜だって早朝だって、微かに気配はするし、
人の痕跡ぐらいは見つけられる。

全てが停止した世界。
とても奇妙な雰囲気でした。ここは、現世なのだろうか。
震災から時間が止まったままでした。

その町に戻って来たいと思っている人は大勢います。
自分の家に帰りたい、と。
もしかしたら都会の人には分かりにくい感情かもしれません。
地震で被害を受けただけでなく、原発事故でふるさとを強制的に追い出され、
今もまだ戻れない理不尽さ。

復興支援ボランティアは、2014年の今年も続けて行く予定です。

そのボランティアセンターには、こう書いてあります。
「出来る人が、出来る時に、出来る事を。」

自分の出来る事ってなんだろう。









前の年、2012年のいわきサンシャインマラソン、
スタート地点の陸上競技場に行くシャトルバスの中で地元の若者から聞いた、
あの言葉が心に残っていた。

「福島に来るの、嫌じゃなかったですか?」

走り出して永崎海岸に出て、中之作を過ぎ江名港の折り返し、
何度も聞いたおばあちゃんの言葉。

「来てくれてありがとう。走ってくれてありがとう。」

道端でフルマラソン走るランナーを鼓舞し、いつの日か本来の目的で再び船を彩るであろう
数多くの大漁旗。そして、小名浜のまぶしい太陽の日差し。

すでに帰りには決めていた。また来年、いわきを走る。

そして、仲間を大勢連れて来よう。
あの若者に、江名のおばあちゃんに、その姿を見せよう、と。

数ヶ月後。
友人が練習会を開いた。参加費を集めて募金する為だ。コーチも快く協力してくれた。
名前は「こころランニングプロジェクト」といった。

オレはいわきサンシャインマラソンに行くためのツアーを組んだ。
自分で貸切りバスを手配し、ホテルを押さえた。そして被災状況を写真で説明してくれる
お土産屋さんに電話し、コースやスケジュールを決めた。

そして、ある高校の校長先生に手紙を書いた。手書きで、何度も何度も何度も書き直した。
結局びっしり4枚になった。誤解されたくなかったから。
何度かやりとりをし、こちらにお伺いしてお話を直接聞かせて頂けることになった。

2013年2月9日、
いわきサンシャインマラソンに参加するために集まった仲間30人を乗せたバスは
常磐道を北上していた。

「楽しくなければ、意味がない。」

バスの中はまるで小学校の頃の遠足のようだった。
いい年した大人たちはとても楽しそうだったが、マイクから放たれるオレのオヤジギャクには
冷たかった。翌日フルマラソンを走るとは思えない雰囲気。仲間とワイワイガヤガヤ
貸し切りバスで行く醍醐味。

それでも勿来ICを降り小名浜に近づくにつれ、バスの中の空気が変わっていく。
オレは知っている限りの事をマイクで話した。
小名浜には震災前に釣りで何十回も訪れているし、震災後もボランティアで何十回
訪れていたから。 

ララみゅうに着いて昼食をとる。
いきなり大勢でその食堂に行ったから、店の人はてんてこ舞いだ。
刺身定食、海鮮丼、etc. 
2013_0210いわきサンシャイン0009 2013_0210いわきサンシャイン0019

そしてテーブルについて注文したものを待っている時、大きな地震があった。

震度4。
辺りが静まる。
みな一瞬動きを止め、身体を強ばらせる。

揺れはすぐに収まった。
辺りはざわつく。結構な揺れだったのだ。

するとすぐ食堂のおばちゃんが出てきて皆のテーブルを廻りながらこう言った。
「ごめんね、恐かったでしょう?もう、大丈夫だから。」
「ごめんねぇ、恐かったよね、ごめんねぇ。」

とても申し訳無さそうに。

ふと見ると仲間の女性達が泣いていた。それは決して地震が恐かったからではない。
オレは腹が立ってしょうがなかった。やりきれなくてしかたなかった。

あのおばちゃんを謝らせたのは、誰だ?

おばちゃんは被害者なのに。いわきは、福島は、被害者なのに。
何が、どんなことが、そうさせた?

窓の外には、小名浜の海が穏やかにキラキラ光っていた。

その後、バスで薄磯へ行った。
海沿いの街で、海岸線が大変美しい場所だ。かつてはいわきを代表する遠浅の海水浴場だった。

今は、何も無い。

近くの豊間中学校のプールに積み上げられたガレキは去年と比べかさが減っていたが、
それは処理したのでは無く下のガレキが腐っていったからだ、と
塩屋崎灯台の麓にあるお土産屋、山六観光の社長は私たちに写真見せながら
教えてくれた。
2013_0210いわきサンシャイン0028 2013_0210いわきサンシャイン0023

福島県立いわき海星高校はマラソンコースの21㎞地点、ちょうど中間にある。
県内唯一の水産海洋高校だ。 校長先生が入口で出迎えてくれた。
資料を各自に頂き、バスの中で丁寧に説明して頂いた。
2013_0210いわきサンシャイン0034 2013_0210いわきサンシャイン0042

そして校内を案内して頂いた。
2013_0210いわきサンシャイン0048 2013_0210いわきサンシャイン0051
目の前には、海。
2013_0210いわきサンシャイン0054
集めた募金を受け取っていただいた。
これは「こころランニングプロジェクト」の希望である子供たちのスポーツ支援、
具体的には21世紀枠で出場の決まった、野球部の甲子園出場の遠征費に
使われる事となった。
2013_0210いわきサンシャイン0059 
さんま漁に使う魚網を使ってバッティング練習をし、津波で校庭ばらまかれた硝子の破片が
完全に除き切れずスライディングが出来ないけれど、一生懸命練習してきたあの野球部だ。

お礼にと、ストラップをもらった。
その赤と白で編まれた浮き袋のような形のものは救命浮環(きゅうめいふかん)と言うそうだ。
海難事故の際の救命具。
それを形どったストラップを、生徒が一つ一つ編んでくれた。

命を守る小さなお守り。
お辞儀をする校長先生に手を振り、学校を後にした。

そして宿泊先はホテル塩屋崎。
ここはボランティアで、すぐ近くに広がる防砂林に流れ着いたガレキの撤去作業をしてる時、
トイレやお風呂をお借し頂いたホテルだ。
この温泉はとても気持ち良く、目の前の海も絶景で、また来たいと思っていた。
一階が浸水したが、少し高台にあるので難を逃れたホテルでもある。

到着後、一息ついてから怒涛の宴会が始まる。
2013_0210いわきサンシャイン0063 
料理も豪勢で、ステージの側には刺身がずらっと並べられ、その真ん中には
塩屋崎灯台が立っていた。
すごい。 
2013_0210いわきサンシャイン0061 2013_0210いわきサンシャイン0076
この愉快な仲間たちは、翌日のフルマラソンをなんとも思わないのだろうか。
いつの間にかカラオケが始まり、いつの間にか衣装を来たピンクレディが
いつの間にか踊りながら歌ってる。
2013_0210いわきサンシャイン0081 2013_0210いわきサンシャイン0095
宴会は仲居さんに「そろそろ…」と言われるまで続いた。

それを見越して酒代を多目に予算取りしていた私はなんて名幹事なのだろう。
やれやれ。
楽しみ上手の、素敵な仲間達なのだ。

翌日、その仲間たちはそれぞれの恰好で、いわきサンシャインマラソンを走った。
2013_0210いわきサンシャイン0119
相変わらず応援がすごくて、温かい素晴らしい大会だった。  
2013_0210いわきサンシャイン0138 
フラおじさんとも、記念撮影。 
ちなみにフラおじさんは右側である。左ではない。 
kako-pMhDRpK89W2vtIRJ.jpg 2013_0210いわきサンシャイン0152
1月は急性胃腸炎とインフルエンザとこの幹事業で約10㎞位しか走れなかったけど、
なんとか6時間近くかけて完走した。仙台の可愛いラン友、くまもんず達にも会えた。
初めてフルを走るボラ仲間、
ほんわか素敵な友人夫婦、コース上あの沿道のおばあちゃんにも会えた。

江名港の熱狂的な応援、中之作の吊るし雛、永崎海岸から見るおだやかな海。 
2013_0210いわきサンシャイン0218 2013_0210いわきサンシャイン0225
上空をかもめのように飛んでいるモーターパラグライダー。
2013_0210いわきサンシャイン0335 2013_0210いわきサンシャイン0338

そして、いわき海星高校の前で一列に並んでランナーとハイタッチをし
応援している野球部員と校長先生。
遠くからその風景を見たとき、本当に来て良かったと思った。
 2013_0210いわきサンシャイン0339 
列の先頭の校長先生にご挨拶をした。
この変な格好をしたランナーに最初びびっていたが、サングラスをとると、笑顔に変わる。
そして野球部員たち。
ハイタッチしながら救命浮環のストラップを見せると一斉に歓声があがった。  

みんな、がんばっへ。また、来るよ。
それは、とても簡単な事。

ねぇ、おばあちゃん。
2013_0210いわきサンシャイン0412
そして、笑い声をここで響かせてやるんだ。
旨いもん食って、酒飲んで、おかしな格好をして、好きな仲間と、好きなランニングをして。
とても簡単な事なのだ。

温泉に入って帰路に着く。常磐道は目立った渋滞もなく、バスは順調に進む。
打ち上げをしながら、東京を目指す。
わいわいガヤガヤ、ビールを飲みながら、抽選会しながら。

そしてこの楽しいマラソンツアーはあっという間に終わった。
2013_0210いわきサンシャイン0479 2013_0210いわきサンシャイン0480

参加した仲間達の想い。
飲んで騒いで、悲しくなって、考えさせられて、懸命に走って、あっという間の二日間。

これが僕たちに出来る事。
「出来る人が、出来る時に、出来る事を。」


震災当時いわき海星高校は一階が津波の被害に合い、しばらく近くの小名浜高校の
教室を間借りして授業を受けていたそうだ。

でも数か月後、生徒達が自主的に集まって母校の清掃や整備をし始めた。
校舎の一日でも早い再開を願って。

高校生達は、何を見ていたのだろう。

その時、校舎の屋上には「P旗」と呼ばれる船舶の国際信号旗が掲げられたという。
その旗はこういう意味があるらしい。

「本船 出港準備中 総員帰船されたい」


見ていたのは、「未来」という大海原だったのかもしれない。
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キャプテンe | URL | 2014.05.25 21:35
いや~。ジミー、元気(?)そうでよかった。
自分の道をしっかり歩んでいるんで安心しました。
これからも人生がんばりましょう。
はな | URL | 2014.10.07 12:02 | Edit
こんにちわ。このいわきサンシャインマラソンのレポの中に出てきた、「記事のアップまでのんびり1年くらい待ってます」とお声掛けした、はなです。
ジミーさんのブログを見るに、1つのレポを書くのにかなり時間をかけている感じがしたので、恐らくサンシャインマラソンの記事アップはそれなりに先にはなるだろう、でもまあ1年後には上がってるかな、くらいの感じで1年とお伝えしたのですが、実際ほんとに1年後になるとは(笑)
とはいえ、サンシャインマラソンに出た者としては、記事をアップして頂けて嬉しかったです。

前回のサンシャインマラソンは雪で中止ということで残念でした。ジミーさんは次回のサンシャインマラソンには出場されるのでしょうか?もしお見かけしたらお声掛けします!

---
ちょっとした小ネタですが、ジミーさんの(2013年ではなく)2012年のサンシャインマラソンのレポの中の写真に、ちらっと私が写っているものがあります。多分分からないと思いますが...
ジミー | URL | 2014.10.07 22:19
はなさん、でたっ預言者(笑)
またまたコメントありがとうございます。

最近はなかなか時間も作れすブログのアップも滞ってます。。。
気合入れないと書けないんですよね~。
そんな中またお越しいただいてありがとうございます。
2012年の写真、見たけど分からない(笑)
また第2回のTシャツ?

今年の雪のいわきサンシャイン、私はエントリーしてませんでした。
そして2015年もエントリーしてません。。。
最近劇的に生活が変わりまして、しばらくは大会遠征自体出来ないと思います。
残念なんですが。

このブログ、2013年のPARACUP仙台とTOMOSU RUN、NAHAマラソンが残ってます。
ガンバって書きますね、1年以内に(笑)



| | 2014.10.26 01:53
このコメントは管理者の承認待ちです
ジミー | URL | 2015.01.12 12:27
はなさん、こんにちは。
返事遅くなってごめんなさい。
ブログに全く関われずにいました。。。

確かに小っちゃく写ってますね~(笑)

私はしばらく大会には参加しないかと思います。
そうするとブログに書く事が無くなってしまうのですが、
大会レポートと言う形でなく、日頃感じたことを短く書こうかと
思ってます。短くってのが重要なポイントです(笑)

今後ともよろしくお願いいたします。
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プロフィール

ジミー

Author:ジミー
走っても痩せない。なぜならば食って、飲んでるから。


【自己ベスト】
2009年 第12回荒川市民マラソン   3時間55分
2009年 第10回谷川真理ハーフマラソン 1時間46分
2011年 第7回いわて銀河100Kmチャレンジ 13時間29分

【初レース】
2005年かすみがうら10マイル
【初フルマラソン】
2006年 第9回荒川市民マラソン    6時間10分

【東京マラソン】
第1回だけ当選しました。土砂降りのこの大会記録は6時間46分
あと14分遅ければ都知事と握手してテレビに写ったのに。
膝が痛くてそんな余裕ありませんでした。

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